いつもの病気^ω^
明日からほんきだす。
ミツバ編の後っていう、まあ私のライフワークの話のプロット?みたいなもん。
ほとんどポエムだから肉付けは卒論おわってからかなー
っていうか今本当にこんなことしてる暇ないんだが。
午前二時の憂鬱
俺がぼんやりとしている間に姉上の葬儀はいつの間にか終わっていた。
周りの方が慌しくしており、俺は何時もと同じような時間を過ごしていたように思う。
飯食って、寝て、仕事して、寝て、飯食って。生活サイクルの中に、あと2つ3つくらい習慣があったようにも思うが、まあいい。
気付けば、時間だけが過ぎていたのだ。
暫くして武州の生家をどうしようかということになった。
江戸に嫁いだ後も姉上はあの家を残しておくべく、既に家の管理と月に一、二度の掃除を武州の人間に任せていたようだ。
(逗留中での、ということもあってまだ一度も他人の手によって管理されることは無かったが。)
それらの云々も含めて、一度武州へ帰省することを勧められ、そうすることにした。
俺を案じた近藤さんが上に頼み共に行動してくれるはずだったが、当日になって攘夷派とのトラブルが起こり電車の時間に間に合わないという。
後からゆっくり来て下せぇと言うと、非常に不安げな表情で謝られる。よほど心配だったのだろう。代わりに誰か、と続けるので首を振って断った。
「(一人で、なんざ初めてだ)」
最後に武州に帰ったのは何年前だろうか、指を折って数える。
姉上は数年に一度会いに来て下さったが、俺から行くことなんてほとんどなかった。今後、その機会は更に減るのだろうか。
一人分のシートに背を預けて、流れる景色に目を向けた。
俺が見てきた世界はこれよりもっと早い。江戸に出てから環境が変化した。変化というよりもはや別物だ。
お気に入りの落語を入れた音楽プレイヤーから繋がるイヤホンを耳に押し込めて、瞳を閉じる。眠りはすぐそこだ。
体温の帯びた手で頬や頭を撫でられて育った気がする。
最期のソレは冗談のように冷えていて、この人はもうすぐ逝くのだと確信していしまう自分がその手に触れていた。
漠然と、幸せにしたかった。それさえも汲み取るようにあの人は俺に言葉を投げかける。
この世界に彼女がもういないのだと頭で理解出来た頃、俺は何故か土方の部屋に居た。土方も俺も、必要最低限の言葉以外を交わさなかった。何もせずに、ただ俺は土方の部屋で眠りにつく。土方がいつ寝ていたかはわからないが、俺は決まって机に向かう後ろ姿だけを見て、夢を見た。そこでも姉上には会えなくて、泣く。そして、まだ太陽も出ぬ朝に目が覚めると、土方は既に着替えを済ませてやはり机に向かっていた。
数時間のうちに列車は俺を運んだ。
途中、隣の席の婆さんに声をかけられ少しだけ会話を交わした。内容は覚えていない、きっと他愛も無い奴だ。そして俺の膝元に包みを置いて先に下車していった。包みを開くと形の良い手製の握り飯が並んでおり、昔よく姉上に作ってもらって皆で食べたのを思い出す。
車内アナウンスが流れイヤホンをはずした。
近藤さんからの絵文字で溢れたメールに軽い返信をしてから席を立つ。握り飯は口にすることなく俺の席に取り残してきた。
空気の新鮮さ、景色の懐かしさ、人口量の違い。
確実なる既視感、変化の少なさが与える田舎の安心感。
そんなもんは一瞬で五感で感じ取って電車が出発する風に乗せて投げ捨てられた。
色づく山道を歩く足は俺のものだけだ。
幼い頃遊んだ場所にノスタルジーに浸る暇もない。ぼんやりと姉上や近藤さんと歩いた道を、今は一人で歩いている。ただただ、ぼんやりと。
秋の風が少しばかり肌を冷やした。小川に浮かんだ紅葉に目を奪われる。春には桜を、秋には紅葉を、姉上の手のひらに乗せてやると、姉上は花がやわらかく開花するように笑った。
「すげー静か」
思わず独り言を呟き、自分の声に驚きそうなほど、辺りは声を潜めているように静まり返っていた。
自分の家だというのに、まるで他人のものであるかのように緊張する。戸はガラガラ、と何にも詰まることなく開いた。
数ヶ月あけているというのに姉上の匂いがする。
玄関に置かれた花瓶の花が痛んでいたが、一先ずそのままにしておいた。
扉を丁寧に閉め、脱いだ靴を整える。屯所じゃ絶対にしないというのに、家ではこうしないと気がすまない。
床の音を軋ませ、昔から立て付けの悪い部屋の襖をわざわざ空けた。綺麗好きの姉上のことだから汚れているわけがないのだけれど、本当に綺麗に片付かれているから改めて、何もすることがねぇんだな、と笑ってしまう。
荷物を置いて、まず縁側に寝転んだ。
姉上はよく此処に姿勢良く座っては何が楽しいのか俺たちを見ては微笑んでいた。
此処から見える世界はこんなにも広い。姉上の瞳からはどういう風に映っていたのか。夕暮れの色はどんな色で、金木犀の香りはどんな匂いで、俺はどんな弟で、姉上から見る、アレは。
「一体どうしたんです、もう取り締まったんで?」
「ああ…、すいやせん、無事着きやしたぜ。…特に変わって…あ、玄関の花は枯れてたな」
「近藤さん…俺ァもう子供じゃねえんだから……。はい、…有難う御座いまさァ、じゃあお気をつけて、あ。そういや俺が出るときお妙さんに会いやして来週の誕生日期待してるって伝えとくように言われてたんだった」
『そういうことは先に言ってよーーーー!!どうしよ、プレゼント!!どうしよーーーー!!!』
近藤さんの叫び声は俺の携帯のほうがぶっ壊れんじゃねえのかというほど響いた。瞬間的に耳を離して正解だ。瞬時に次回土方に使ってやろうと計画する。近藤さんの心配の言葉が重なり、俺は適当に受け止めて電話を切った。そして、此処に来て考えたくもない奴のことを二度も考えてしまった事実に嫌気がさす。あ、これで三度目か。
車内で眠った所為か、近藤さんの大声の所為か、睡魔はとうとう俺の元を訪れることがなかったので中止し、食事の支度に取り掛かることにした。(食事と言っても、俺は料理がからきしなので持ってきたインスタントに湯を注ぐ程度しか出来ないのだが。)ここで育ったというのに、屯所とは違いガスが使えない環境に不便を感じた。天人様様というところか、利便にべったりと依存している気がして舌打ちを一つ。そろそろ日が落ちる、湿った布団はとうとう干す時間がなかった。さっさと食って寝て、日の出てるうちにに色々決めるのが懸命だろう。最近どうも夜がだめだ。考えがまとまらないどころか、余計なことまで考えてしまい、結局俺に苦手意識を植え付け、連想させる。
薪割りをしたかったのに、既にストックが大量に置かれていたのは姉上の人徳の賜物であろう。
部屋に灯りを点し終えると、思ったより早く食事にありつくことが出来た。この調子じゃいよいよ此処で俺がすることなんて限られてくる。
独りきりだと兎に角広く感じる家唯一の広間でぼんやりと飯を口にしながら、掃除以外に何をしようかと思うと少々テンションがあがった。
人が居る時にはできないことをしようと思う。
なんとなく、この家で絶対に出来ないことを考えた。
神酒に、と言葉の如く浴びるように酒を仰ぐ。
猪口はいい焼き物の奴が一つ。飲めない姉上の前で姉上の分を注ぐなんて無粋だろう。
姉上はよく近藤さんや大先生に酌をした。大先生は姉上をどこの芸子より綺麗だと笑っていたが、俺は今でもそう思う。
近藤さんたちに引っ付いて、そんな場所へ赴いたこともある。比べるのはいつも姉上だし、姉上以上に美しい姿勢で、楽しそうに、幸せそうに、酌をする女はいない。
一升瓶が数本転がり始め、既に酒の味もわからなくなって畳が気持ちよく揺れはじめた頃、俺は自分の腰に携えたままの刀を抜いた。
障子を叩き斬った感触は、まるで豆腐に箸をいれたそれだ。柄がこんなに軽く感じたことはない。対象物に焦点があわずとも、刀は振るうことが出来る。箪笥を傷つけたかもしれないが、気にすることはない。
それだけでは飽き足らず、玄関まで柱などにぶつかりながら向かい、腐った花を突き刺した花瓶を力いっぱい廊下に投げつけて割った。細かいガラスが割れた音ではないそれが花瓶が重圧であったことを示す。
この家に高級なもんなんざ一つとしてない。戸棚に刀を入れながら廊下を渡ると当然とでもいうように花瓶の破片が足袋を通して足の裏に突き刺さった。酔いの回った身体が受ける痛みはなく、違和感を拭うべく抜くと手がべったりと自分の血液で汚れる。意識の中で、きっと目が覚めたらすげー痛ぇんだろうな、とは思っていた。
最後に寝室の襖を蹴破って、自分が寝るべきだった布団を刀で裂く。
一緒に畳も裂いてしまったのか、多少の手ごたえが柄に伝わる。枕に刀を突き立て、無残になった布団と呼べるかも怪しい布の塊の上で寝転がった。
姉上は叱ってくれるだろうか。
柔らかいトーンで、何故か謝られながら、ああ、泣かせたくはない。
天井の染みが全部くっついているように見える。ただ、自分の記憶の中のものと同じであることは間違いない。
身体の冷えを感じ、足の裏がようやくズキズキと痛み出した。あれだけ飲んだというのにもう醒めそうで、嫌がるようにして目をぎゅっと瞑る。泣きたいのに、何故だか涙が出ない。姉上の匂いも体温も声も、今全部がわらかない。記憶の扉も一緒に斬ってしまったのだろうか。
考えても思い出しても、残っていない気がする。
それなのに、涙はやっぱり出なかった。
「此処まで荒らすほどの宝が眠ってんだろ、教えろよ、俺も探すの手伝ってやる」
「……やなこった、アンタの取り分なんざ一つもねえ」
「派手に暴れやがって…バズーカもたせなくて正解だったな」
「アンタ何しに来たんだ」
幻聴じゃなきゃ此処で最も聞きたくなかった耳障りな声が聞こえる。
突然の訪問者の気配に意識自体は反応しても、突き刺した刀に手を伸ばすことはなかった。
それが誰かなんて全く予想はしていないのにも関わらず、だ。恐らく今は戦闘の二文字を慈愛か何かで塗り固められているんだろう。そんなもん、俺にあるのかどうかは知らないが。そういうことにしていたほうがいい。
「よく姉上の寝室に汚ェ足踏み入れられやしたね」
「お前のでもあんだろ、…それに今足が汚ェのはテメェだ」
「マジで何しに来たんでィ、今一番拝みたくねぇツラ見ちまった。あー目玉抉り取ってやりてェ」
身体が自分の意思で動かないことに気付いた。慈愛はどうしたというのだ。早く何でもいいから、戻ってきてくれと懇願する。
奴が俺に触れる手を拒めないし、起き上がると急激な眩暈が襲って奴の姿をしっかり捉えることもない。
「酷ェな、ざっくり切れてんじゃねぇか」
その独り言の後、その気配が揺れた。俺は改めて瞳を閉じて眩暈に身を委ねる。
もう寝ちまえば、この後されるだろう消毒だの掃除だのから起こる憂鬱を考えずにすむ。明確な時間はわからないが、深夜であるというのに、睡魔は仕事をサボりやがっているようだ。
「あんなデケぇ破片ぶっ刺した後、良く此処まで歩けたな」
「俺ァ足の裏まで鍛えてんで」
「その割には廊下血だらけだったぞ」
「アートでさァ」
いくら目を固く閉じていても、世界は揺れている。
そして暗闇の中で俺の足に触れる指の冷たさに安堵してしまった。反転した世界では痛みさえも快楽に走る。
ぐるぐると、ぐるぐると、色んな感情が渦巻いて、わけがわからない。でも教えてくれなくていい、いっそ何も言わなくたって。
俺の手の温度は、あの人にとってどれほどに感じていたのだろう。ほどのぬくもりを与えられたのだろう。いつも奪ってしまう。俺があの人の温度を、奪ってしまうから。細くて白い、少しあかぎれた指先。あの人の手を離さずに、鬱血させようとしていた。血のめぐりがなくなって、ようやく気付いたのだ。遅すぎる!
「総悟は、もう、十八になりやした」
土方は返事をしなかった。
どんな顔をしているか、想像も出来ない。こいつの考えてることなんざいつも理解しがたい。まあ、その代わり、後でちゃんと理解出来るのだけれど。あ、そう思うとそれが年の差なのかとも思う。だからきっと、今の俺に土方のことは理解出来ない。
「総悟は、悪い子でした」
触れた皮膚が濡れて鬱陶しい。
こんな体温の腕なんて退いてしまえばいいのに。でもそれじゃだめだ。こんな顔、特に土方には死んでも見せたくねぇ。
足裏と繋がった神経がふくらはぎを伝ってそのまま背中にまでジンと伝わる。染み渡る消毒液の匂いに飛び込んでしまいたい。全身をそこへ漬からせてから、姉上を抱きしめたい。
「土方さん、総悟は、十八になったっつうのに、まだ、」
そういえば土方と喧嘩をしたら手当ては全部姉上がやってくれた。俺の分と、土方の分。でも、俺たちはいつの間にか一人で手当てが出来るようになった。でも、実は昔から一人でだって手当てが出来た。それを、甘えていたに違いない。あの優しい指先で触れられたら、怪我も早く治ってしまう錯覚。なのに、今度は土方が俺の手当てをするのか。また、俺、甘えてる。
「可愛くねぇガキだよ、お前は」
今自分はどれほどみっともなく情けないツラをしているのだろう。
俺も薄暗くて土方の間抜け面を拝めなかったから、きっと土方にも俺の顔は見えていない。
最後に俺の頭を撫でたのは、姉上だったのに。
「あれ?こんなに部屋広かったっけか」
「大先生と姉上がいなきゃ広くも感じまさァ」
「それもそうだな…どれ、俺は村の奴らに挨拶してくるか」
「あ、近藤さんついでに」
秋の色付きと炎の色、瞳がじゅっと熱く感じる。
パチパチと、綺麗に割れていた薪が燃えて、さまざまな色彩をすべて飲み込んだ。
冷たい風で炎が揺れたが消えるはずもない。冷たくて、熱くて、何だか幸せな気持ちになった。
炎の揺らめきに焦点を定め、そこから動かさぬよう見つめる。
パチ、と崩れた一角に、一番姉上が気に入っていた模様を見た。
「今度は火遊びか」
「土方さんもやりやすか」
「それ、何燃やしてんだよ」
「姉上の着物でさァ」
「おま、ちょ、何してんの」
「アンタのズリネタにさせねーためにな」
「お前本当にそんな理由でやってんのか」
「そんなに俺はアンタのことなんざ考えちゃいやせんよ」
姉上の着物をかきあつめて、抱きしめた。いっぱい姉上の匂いがして、俺はめいっぱい泣いた。
姉上の好んだ着物の色合いのように、あんなにやわらかい人はない。晴れた日の朝露の匂い、太陽を浴びた甘い花の匂い、俺の姉上の匂い。
でも少しだけ血の匂いがした。それさえも愛しい。だから俺はそれを全部かきあつめて、火の粉を塗した。
愛しい人、愛しい人、世界で一番愛しい人。
「アンタの側に、居たい」
「……、しらねーよ」
ああ、愛しい人、愛しい人。この世で一番、愛しい人。
奥歯をぎゅっと噛んで、足の裏にまで神経を尖らせた。
昨日わからなかった、今日わかること。アンタきっと、昨日も今もあの日と同じ顔をしている。
でも、あの日みたいに即答できなかったアンタの負け。
「近藤さんが戻ってきたら、飯食って帰りやしょう」
「あの店まだやってんのか」
「さあね」
「そういや、この家どうするんだ」
「土方さん素手でガラス片付けたんですかィ、仕方ねえな、俺が手当てしてやらァ」
「早めに帰るとしよう、すぐに嵐が来る」
「何言ってんでィ、精々この火がアンタに燃え移る程度でさァ」
世界を少しだけ、わけてあげよう。
指先から伝わる同じくらいの温度の手を力をこめてもう一度握り返した。